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税理士の農業日記

実家の畑の管理をすることになりました。農作業をポジティブに楽しみたいと思います。
税理士の農業日記 TOP  >  2011年02月

浜松の千人塚伝説

三方原台地の東縁三方原学園内に千人塚がある。
小学生のころ見学に行った記憶がある。この場所、学園内にあるため一般の人が自由に入れないが、見学者は入れてくれるようだ。

千人塚は三方ヶ原の合戦で戦死した兵士達の首塚であると聞かされてきた。
ところが発掘調査の結果、鏃(やじり)、刀剣などが出土し、首塚ではなく古墳であることがわかった。

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古墳群全景(写真は上下とも浜松市博物館より借用)
写真ではよくわからないが、ここに大小9基の古墳があるとのこと。

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千人塚古墳
三方原学園内古墳群最大の古墳で、基底径49メートル。5世紀の武人の墓と推定されるとの説明。

重複するが、永い間、千人塚は戦国時代の三方ヶ原の合戦のあとに武田・徳川両軍の戦死者数千人を葬ったと伝えられてきたが、発掘調査によりくつがえされた。三方ヶ原の合戦は歴史に残る大きな戦であったのにかかわらず、それがどこで戦われたのか今でも謎らしい。

三方ヶ原の合戦にまつわる数多くの伝承は謎が多いようだ。
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[ 2011/02/28 20:06 ] その他 | TB(0) | CM(0)

松野彦助屋敷の井戸跡

毎月のようにお邪魔する浜松市浜北区の洋蘭園、やまはる園芸さんの敷地内に「庄屋 松野彦助屋敷の井戸跡」という看板がある。以前から見ていたが、ふと気になって調べると松野彦助は天竜川の氾濫に備える堤防を作るのに命をかけた人だということがわかった。

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やまはる園芸さんの敷地内にある看板

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井戸跡の看板(右)と井戸跡のクローズアップ
この井戸跡、看板がなければ焼き芋でも焼いた跡かと思うぐらいの変哲のないもの。
何気なく何度も見ていたが、由緒ある史跡だとは知らなかった。

(以下、Weblio辞書【天竜川】より抜粋)
江戸時代における下流域の治水事業では彦助堤の築造が代表的である。一応1573年家康により西側の河道(小天竜)が締め切られたが、天竜川の流れに対して耐えられる工事内容ではなかった。従って、それ以後も大雨の度に小天竜の河道に水が乱入して洪水被害が発生していた。1656年に彦助堤は、小天竜の完全な締め切りを目的に築造された。松野彦助は浜北村(現浜松市浜北区)の庄屋で大地主であった。しかし、1674年の大洪水で彦助堤は崩壊してしまった。翌年1675年に復旧した。言い伝えでは”川の流れが強く、工事が進まなかった。それを見た彦助は「自分が人柱となるから工事を完成させてほしい。」と頼み川に身をなげた。これを見た人々は奮闘して工事を完成させた。”となっている。ただし、この話の裏付けは現在無い。そして1745年に彦助堤が切れた時に発生する被害予測を「天竜川通水工附帳」として、浜松藩および幕府にさしだした。

敷地内にこのような史跡があるのは誇らしいだろうと思う反面、勝手に埋め立てることもできず、また、時折見学者も来るようだから管理が大変だろうとも思う。

「史跡彦助堤」という看板も近くにあるというがまだ見ていない。
[ 2011/02/27 19:49 ] その他 | TB(0) | CM(0)

畑作り

ビニールハウスの跡地を耕した。
じつは、先週の日曜日の作業だったが、今日の書き込みとなってしまった。
鉄骨造りで基礎のあるしっかりした構造だったものを昨年取り壊したところ。

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こんな鍬で掘り起こした。
ミニ耕運機ではとても歯が立たないので、人力で。
この鍬は、大根を抜く時に手で抜けないものを抜く時に使ったもので、もう20年ぐらい使ったことのなかった。

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粘土細工にも使えそうな土の塊。

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発掘した埋蔵物。
我が家のご先祖様はこんなものしか埋めていなかった。

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くわでてから掘り起こした耕運機で耕して、やっと畑らしくなった。
わずか6坪の土地を耕すのに一日がかりだった。

ここにはタラの木とウドを植えることにする。
[ 2011/02/20 20:05 ] 畑の管理 | TB(0) | CM(0)

井伊谷(いいのや)と井伊家

このところ本業が忙しくなってブログ記事の書き込みができなくなった。
こんなときのために書き溜めようと思っていたが、今のところ3つしかストックがない。
今日はそんな貴重なストックを吐き出してしまおう。


遠州浜松の三方原大地から北に下がったところに井伊谷(いいのや)という地名がある。
この井伊谷は安政の大獄で有名な井伊直弼の祖先の居城があった所。

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井伊谷宮に隣接する龍潭寺(りょうたんじ)に井伊家のお墓がある。
龍潭寺の歴史は古く、733年に行基菩薩によって開創されたと伝えられる。

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井伊家のお墓の前にある案内板。

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龍潭寺から約500mの位置にある、井伊家始祖共保(ともやす)公出生の井だということだ。
井戸から生まれるとは桃太郎も顔負け。

井戸をのぞいてみたが、ゴロ石が地表近くまであり水はなかった。

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共保公出生の井の前にあった案内板

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左から、井伊家二十四代井伊直政公、二十二代井伊直盛公、元祖井伊共保公(写真は龍潭寺のサイトから借用)

井伊家は現浜松市北区引佐町井伊谷の豪族で、江戸時代に彦根藩の城主となり数名の大老を輩出する名家であった。
[ 2011/02/16 20:07 ] その他 | TB(0) | CM(0)

石灰硫黄合剤の散布

柿の木に石灰硫黄合剤を散布した。

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石灰硫黄合剤 500ml入り
植物の休眠期である冬に使う農薬。
数年前に購入したもので、容器が変形している。
匂いをかいで見たところ問題ないようだから、これを散布することにする。

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オールプラスチック製の噴霧器に50倍溶液を入れて散布した。
金属製の噴霧器は腐食することがあるから使わないほうが良いということだ。

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散布を終えた柿の木
石灰硫黄合剤が乳白色の皮膜を作っている。

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石灰硫黄合剤が噴霧器の中にのこっていると皮膜を作って故障の原因となるから、食酢を入れてよく洗う。
強いアルカリ性だから酸性の酢で中和されるそうだ。

強烈な硫黄のニオイがするから身体につかないように注意しながら散布した。
[ 2011/02/11 20:28 ] | TB(0) | CM(0)

フキノトウ(蕗の薹)

フキノトウが大きくなったので少し収穫した。

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柿の木下のフキ畑
葉は枯れているが、フキノトウは見えている。

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蕾が顔を出したフキノトウ
これぐらいの大きさがちょうど食べごろ

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少しだけだけど、収穫できた。

天ぷらにすると独特の香りがあって自分は好きだ。
また、味噌汁の香り付けとしてもいける。
[ 2011/02/10 20:40 ] 山菜 | TB(0) | CM(0)

タラの木にカビが

タラの木の切り口にカビが生えてきた。
樹液の多く出た部分に多いようだ。
カビによる害があるのかどうかわからないが、とりあえず除去してみよう。

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カビの生えたタラの木。

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水を流しながら、古い歯ブラシで擦ってみた。
樹液が固まってしまい、なかなか取れない。

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少しはカビが少なくなったが、すべてを取り除くことはできなかった。

樹液が出てきたのを放置していたのがよくなかったか。
次回は樹液がまだ固まらないうちに洗い流すことにしよう。
試行錯誤で失敗が続く。
[ 2011/02/09 19:25 ] 山菜 | TB(0) | CM(0)

サヤエンドウにマルチをした

このところの晴天続きでサヤエンドウが枯れかけてきたので、枯れ草のマルチをした。
マルチなしで水をやると地表が凍ったり、霜柱ができるので凍結防止と乾燥を防ぐ目的だ。

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柿の木の根元のミョウガの枯れ草
この枯れ草や下記の落ち葉を集めて野菜畑に運ぶ。

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枯れ草を敷き詰めた状態

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この苗は枯れそう。

もっと早くマルチをすべきだったと後になって思う。
元気を取り戻してくれるかな。
[ 2011/02/08 19:57 ] 実物野菜 | TB(0) | CM(0)

タラの木(たらの芽)ふかし栽培~4

事務机の下に敷く一人用の電気カーペットがあったことを思い出して、なかなか芽が伸びてこないタラの木の箱の下に敷くことにした。

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一人用の電気カーペット

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ビニール袋に電気カーペットをスッポリ包んでトロ箱を置いた植えに段ボール箱をかぶせる。

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30分経過後の温度は17度あった。
この状態でしばらく様子を見よう。
[ 2011/02/07 16:10 ] 山菜 | TB(0) | CM(0)

柿の木の剪定

柿の木の剪定をした。
素人が見よう見まねでやることだから間違っているところもあると思うが。

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剪定前の柿の木

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ただいま剪定中
勢いの弱い枝や込み合っている枝を切り取る。

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太い枝はチェーンソーで払う。

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剪定を終えた柿の木
多少は変化があるかかな。
[ 2011/02/06 19:19 ] | TB(0) | CM(0)

ネギを植えてみた。

平畝にニラを植えたが、少し場所が空いていたのでネギを植えることにした。
植える時期として今が良いのかわからないが、試してみることにした。

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こんなネギの古株がたくさん残っている。

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2日ほど干した後、葉の部分を切って一箇所に3本ぐらい植える。

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植えたところ

ニラを植えるために石灰や肥料を施した畑だが、ネギも同じ環境で良いはずだから問題ないだろう。
カキガラを砕いたもの(有機石灰という名前で販売していた)のほかバーク堆肥を元肥としている。
新芽が伸び始めたら追肥をすることにする。
[ 2011/02/05 20:14 ] 葉物野菜 | TB(0) | CM(0)

ハクサイの収穫

9月下旬に種まきしたハクサイの結球が遅れて収穫できなかったが、これ以上結球が進まないだろうと思って収穫してみた。

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結球が遅れたハクサイ
ちょっと心配だが採ってみよう。

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こちらは、もう結球が望めないハクサイ

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収穫したもの
中を切り割って写真を撮ろうと思って玄関先に置いたら、わずかな隙に我が家のお犬様に食べられてしまった。
自家栽培の初物だったのに、残念。

でも、思っていたよりも中身が充実している。
悪くないじゃないか。

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白菜を食べた犯人、我が家のお犬様の幼きころ。
この頃はかわいかった。
[ 2011/02/04 16:22 ] 葉物野菜 | TB(0) | CM(0)

ヒヨドリの食べたブロッコリー

実家にヒヨドリがよくやってくる。
柿や柑橘類など果物が被害にあっているが、今はブロッコリー。
隣にキャベツもあるが、こちらは無視されているのが人にとっては都合がよい。

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葉の軸だけが残っているブロッコリー。
不思議なことに人の食用となる花蕾は食べない。

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茎ブロッコリーの葉も被害にあっている。

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収穫したもの。
長いのが茎ブロッコリー
もう収穫最盛期は過ぎて少ししか採れない。

主な部分は収穫したから葉を食べられても被害は少ないが、あらためてヒヨドリの貪欲さを思い知る。

アロエの化粧水~2

アロエエキス作りから1週間。
アロエの化粧水を作ることにした。

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容器の中の液体が茶色っぽくなった。

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漏斗にペーパータオルを置いて濾す。
ペーパータオルは破れるから使わないほうがよいと解説するサイトがあったが、大丈夫だった。

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出来上がったアロエエキス。

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アロエエキス80mlにグリセリン40ml、精製水80mlを混ぜる。

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200mlの化粧水ができた。

アロエエキスは3分の1ぐらい使った。

早速、アロエ化粧水を使ってみた。
朝起きたときも肌がしっとりしている。なかなか具合がいいようだ。
べたべた感があるのが気になるので、次回は配合を変えてみよう。
[ 2011/02/02 19:52 ] その他 | TB(0) | CM(0)

由緒ある神社、井伊谷宮

井伊谷宮(いいのやぐう)に厄除けのお祓いに行ってきた。
といっても自分のお祓いではなく、運転手として行ったもの。

井伊谷宮は、自宅から車で20分ぐらいのところにある。
近くにありながら、今まで行ったことがなかった。

行ってみて、由緒ある神社だということをあらためて知った。
歴史の教科書に出てくる名前があちこちの案内板に出てくる。

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井伊谷宮本殿

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本殿を抜けて奥に少し歩いたところにあるお社

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上のお社の前にある案内板

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さらに奥に進むとこんな看板(?)
後醍醐天皇の皇子宗良親王(むねながしんのう)のお墓のようだ。

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ここが宗良親王のお墓らしい。
付近は立ち入り禁止だったので近くで確認することができなかった。

宗良親王は南北朝時代の人。
一方、井伊谷宮は明治5年に建立されたそうだ。
どうも時代背景が・・・。
[ 2011/02/01 20:16 ] その他 | TB(0) | CM(0)
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